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1. 螺旋の美術館 / 成長する美術館 <美術館>

一番左の画像は、1881年に高橋由一によって描かれた「螺旋展画閣」という美術館構想です。

二重らせん構造の六階建ての楼閣で、同じ道を通ることなく一階まで降りられます。

​左から二番目の画像は、ル・コルビジェによる1928年に計画された、ムンダネウム内の「世界認知の博物館」の屋根伏図です。

右から二番目の画像は、1959年に完成したフランク・ロイド・ライトによるソロモン・R・グッゲンハイム美術館です。それぞれ、異なる作者ですが、発想が近いところが面白いですよね。

対して一番右の画像は、1939年に描かれたル・コルビジェによる「無限に成長する美術館 」です。

増えていく美術館のコレクションに合わせて展示室が伸びていくイメージですね。

コレクションが基本的に増えていくものであるという性質に合わせた作りになっています。

1793年にルーブル美術館が市民に開放されて以来、美術館というものはソフト面でも、ハード面でも、時代の要求に合わせて変化してきました。これからの美術館はどのような美術館でしょうか。

 

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2. 美術館のナカミ  <美術館>

美術館を考えるには、器となる建物だけでなく、その中身となるソフトがどのようなものなのかを同時に考える必要があります。ここでは、日本の美術館のソフトに影響を与えたと思われる幾つかの要素を、短くざっくばらんに挙げてみます。*こちらの情報は必ずしも正確ではありません。

ナカミ-1. コレクション / 企画展 / 貸し展示室

 日本の公立美術館は、各地での、近現代美術を展示する場を求める運動の中から生まれました。

1926年に開館した日本初の公立美術館である東京府美術館は、開館したものの十分な運営資金がなかったため、公募団体の展示場としての役割も担うこととなりました。

また、1951年に開館した日本初の公立近代美術館である神奈川県立近代美術館は、コレクションが少ないところから始まったため、企画展を中心にしての運営を迫られます。

このようなことは、この2つの美術館に限らったことではなく、多くの美術館が開館後に運営の壁にぶつかりました。そのような中で、苦肉の策として、貸し展示場であったり、企画展を意欲的に打ち出す性格が作られていったと言われています。興味深いですよね..。

一方で、ヨーロッパでは、王侯・貴族・上流市民層などによって形成された膨大なコレクションを国家が購入し、国家の財産として公開するという形態で運営されてきています。 また、アメリカの美術館は、収蔵品から運営費までを個人の寄付によってまかなうことで、政府から距離を置きながら美術館運営を行っているそうです。1972年に開館したニューヨーク近代美術館は熱心なコレクターたちの発意によって設立されたものですが、当初から同時代の芸術家たちとの緊密な関係によって発展してきました。

 

こうした違いを比較するだけでも、美術館のソフトの性格が国によって異なるところから始まったのがわかりますね。

ナカミ-2. 百貨店

日本では、70年代以降に各地に美術館が多数設立される以前は、都市にある新聞社やデパートが作品展示場としての機能を果たしていたりもしました。最上階にある展示場を観覧した後、下階の売り場へ降りていくシャワー効果が期待されたものです。バブル崩壊後の経済失速に伴って相次いで閉鎖されたましたが、こちらも美術館の性格やソフトに影響を与えた要素と言えるのではないでしょうか。

ナカミ-3. 制度

美術館のソフトに影響を与えている要素の一つとして、制度も考えられますね。

1949年に制定された社会教育法において、美術館は社会教育施設として位置づけられました。美術と教育という二重の機能を果たすことを期待され、また多様なニーズに対応することを期待されました。

 

1952年に施行された博物館法は、設置や運営に関する条件を定めることで、博物館・美術館の発展や質を維持しようとしているものです。またその中で、公立博物館等は、教育委員会の所管とされています。文化と観光の行政を一体で進めたい、博物館施設を公園の行政の一環として運営したい、など運営の形の理由で、博物館を教育委員会の管轄から敢えて外すという地方公共団体もあります。見に行った美術館が博物館法に当たるかを見るのも、美術館の性格を知る上で面白いかもしれません。

 

2003年から導入された指定管理者制度によって、美術館の運営を民間でも行うことができるようになりました。営利企業やNPO法人なども参入することができます。経費削減や効率化、サービスの向上が目的ですが、契約期間があるため、ソフトの長期的な展望を描くのが難しかったり、運営の質を保てるかという課題もあります。

地方公共団体の財政難による予算カットなど、どのように美術館を運営していくかは、常に課題でもあるそうです。

美術館の再編成

パリの3大美術館では、古代から1800年代前半まではルーブル美術館、1800年代の美術を集約するオルセー美術館。そして1900年代以降の現代作品をポンピドゥーセンターと、年代ごとにコレクション分けしています。

また、フランス全土でも、各美術館の再編成が行われ、地方美術館ごとに収集分野を分けていたり、ポンピドゥーセンター・メッスやルーブル・ランスなど収まりきらなくなった収蔵品の地方分館化を行っていますね。イギリス・アメリカ・ドイツにおいても既存の美術館施設と新館を統合し、再編成する傾向が続いているそうです。このような再編成の在り方は、美術館の管轄や組織の仕組みが異なると思うので、なかなか難しいと思いますが、今後の在り方を考えるにあたり、参考になりますよね。

​参考 : 本 「美術館を知るキーワード」

3. 美術館のナカミ2  <美術館>

ナカミ-4. ラーニング

​左から3枚の写真は、フランスのパリから高速鉄道で1時間、ランスという小さな町にある、ルーブル・ランスの写真です。

学校の授業できた子どもたちが楽しそうにぺちゃくちゃ喋りながらノートを広げて床へ座ったりルーブルの美術品の横で寝そべっています。先生は特に気にせず、周りの観光客も気にせず。ピクニックのような風景が馴染んでいて、美術品との距離感も含めて、おおらかです。小さい頃からこんなラーニングができるのは、羨ましいですよね。

展示室の作品の並びやグルーピングは時系列になっていてその関係が見えたり、絵画と彫刻が隣り合っていたりすることもあったり、その状況をガイド機で俯瞰したり細く調べたりできます。

また美術館の地下におりると、美術品の修復作業や保存されている陳列棚が見れたりしました。

右端の写真は、ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館の収蔵庫内の写真です。

一般来場者が美術館が所蔵する15万点を超える全ての作品にアクセスできるそうです。

美術館には、展覧会を行うだけでなく、作品の収集や保存、研究、というような機能もあります。

また、近年では、それらに留まらず、ラーニングの場として各美術館で様々な工夫がなされていますね。

ソフトの再定義付け、捉え直しが求められています。

右端の写真 : https://bijutsutecho.com/magazine/insight/20327/pictures/4

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4. 展示室 <美術館>

美術館のソフトについて書いてきましたが、ここからは少し美術館や展示室そのものの在り方について書きてみます。*これらの情報は必ずしも正確ではありません。また、個人的なメモです。

​美術館の第三世代

建築家の磯崎新さんは、1990年代に奈義町現代美術館を設計されていた頃、美術館を3つの世代に分けて論じました。

<第一世代>

18世紀末までに成立した、王侯貴族のコレクションを公開する目的で設立されたもの。「ルーヴル美術館」をはじめとして、額縁や台座を持った具象的な美術作品が、有彩色の壁面に展示されていたもの。

<第二世代>

近代美術を展示するための、白い展示壁面を持ったホワイトキューブと呼ばれる均質な展示室を持つもの。作品の交換可能な場として抽象化された空間。第一世代の権威的な姿勢に対してモダニズムが打ち出されました。

<第三世代>

生存している芸術家が、自らの作品を自由に空間的に設置するようなインスタレーションやサイト・スペシフィックな作品によって、空間に独特な性格を持たせたもの。固有な場所と作品が密着した美術館としています。また、この文章とともに発表した奈義町現代美術館を、第三世代の美術館として位置づけています。

 

これらは、20年以上前に論じられた定義ですが、これからの美術館はどのような在り方でしょうか。

展示室を脱したアート

1960〜1970年代に、ホワイト・キューブの息苦しさに反発して登場した、上記のインスタレーションやサイト・スペシフィックな作品は、既存の美術館から逃走しようとする動きでもありました。これらは、1960年代のアメリカから発生したのアース・ワークと呼ばれるものから生まれたそうです。荒涼とした自然環境、大地そのものを制作素材とした作品などが制作されました。

また、1950年代末のハプニングによる都市空間を舞台として試み、都市空間におけるパブリックアートなども美術館から飛び出した一つの動きとしても捉えられますね。

 

街に開いた美術館

金沢市の街の中に作られた21世紀美術館、ホワイトキューブを都市に開いた十和田美術館などは、美術館や美術を街に開いたという意味で、革新的な美術館であったと言えると思います。また、街のツーリズムと大きく結びつくようになった点も近年の美術館に求められる要素ですね。

芸術祭

美術館はこれまで、既に一般に知られているような著名な近代美術作品の企画展を開くことで、集客を行ってきました。しかし、90年代から増加した芸術祭では体験型の作品などを通して、現代アートが地域に浸透するきっかけとなりました。行政としても、コレクションをあまり所有していなかったり、ハードにお金をかけなくても、いつでも打ち切りにできるメリットがあります。作品の保管方法は課題となりますが、オーストラリアのクイーンズランド州立美術館など、トリエンナーレに出展された作品を買い上げる美術館のような事例もあるそうです。

クンストハレ / コレクションを持たない美術館

80年代以降に常設コレクションを所有しない企画展専用の美術館が多く開館しました。水戸芸術館やセゾン美術館、Bunkamura、開館当初の森美術館、国立新美術館などが挙げられます。

リノベーション美術館 / ラフさ

1986年に開館したパリのオルセー美術館は、1900年のパリ万博に合わせて作られたオルセー駅を改修して美術館としたものです。リノベーションされた美術館は年々増加していますが、他にはない展示空間の質を提供することがメリットですね。2002年に開館したパレ・ド・トーキョーは、どこまでが改修中で、どこからが改修済みかがわからないような仕上げに留められていて、かなりラフな空間となっています。また、アーティストによってアップデートが加え続けられるところがとても興味深く、その在り方は、何か可能性があると思います。

​言説メモ

<ワルター・ベンヤミン>「複製技術時代の芸術作品」1936年

伝統的な芸術作品からオリジナルの価値をはぎとる過程を考察し、写真や映画などの複製技術によって、芸術と人間の関係がどのように変化したのかを論じています。唯一無二の作品である「礼拝的価値」から、多くのコピーが網羅的に分類整理された「展示的価値」へと移行したことを述べています。

<ワルター・ベンヤミン>「文化の記録で、同時に野蛮の記録でないようなものは決して存在しない」1940年

美術館の歴史とは戦利品の収奪と公開の歴史でもありました。

<アンドレ・マルロー>「空想の美術館」1947年

あらゆる芸術作品の図版を並べることで、空想上の美術館であるように見立てたところから来ます。印刷や写真などの複製技術の発達によって、世界中の芸術作品を鑑賞することが可能となり、それによって、作品を比較できるようになり、美術史上の新発見がより頻繁になりました。現在、MomaなどはWebサイトでコレクションやアーカイブを全て公開していたりしますが、空想の美術館が実際に現実のものとなっているとも言えますね。

<ダンカン・キャメロン>「テンプル」から「フォーラム」へ 1970年

神殿のように権威的で人々がありがたがるような空間から、より対話や議論のある空間に変わるべきだということを述べています。

​参考:

「美術手帖 これからの美術館を考える(7)「第四世代の美術館」の可能性」https://bijutsutecho.com/magazine/series/s13/18640

「変容するミュージアム-21世紀美術館研究」https://www.10plus1.jp/hen_muse/index.html

「10+1 website 第三世代美術館のその先へ」https://www.10plus1.jp/monthly/2015/06/issue-01.php